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fotojournalismus:

A man lies on a heap of fodder on a cart pulled by a bull in Muzaffarnagar, India, on July 19, 2014. (Anindito Mukherjee/Reuters)

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――僕も、今年マイ・ブラッディ・バレンタインの新譜を買ったとき、正直、PCからイヤフォンで聴きたくなかったんですよね。どうせなら爆音で聴きたいと思って、深夜にリハスタを借りて大きな音でスピーカーで鳴らしたんです。

山口「わかる、それ。だから、自分の好きな曲を大きな音でいい環境で聴けるカラオケボックスみたいな店があったらいいですよね。みんな、それを望んでると思う。デカい音を出して騒ぎたいと思ってる音楽好きな子は多いと思うし、その子たちの欲求を満たすのはカラオケじゃ足りないんですよ。だって、もっといい音で聴きたいから。予言するけど、きっと10年以内にそういうお店ができると思う。できなかったら僕がやろうかな(笑)」

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繰り返しになるが、日本の創作物というのは、尺八や三味線の独奏のような、個人のスーパースキルやその揺らぎを楽しむものが多く、西洋のそれは、チームワーク、グループワーク、で正しい音を必要な場所に必要な分だけ投入したオーケストラみたいな印象がある。

 金をぶっこめばぶっこんだ分だけ、良いものが作れるのは西洋式のほうだし、多くの人に響くのも西洋式だ。ABテストで導き出された最適化された面白さがそこにはある。
 そのうえで、作家性を練りこむことも優れた創作者には出来る。

 そして、日本式は、同じような体験をもつ(同質性の高い)人から見れば、とても刺さる。多くの人に向けたABテストの繰り返しではたどり着けない特異点がある。あるけど、刺さる人は少ない。
 大ヒットはまぐれ刺さりへの期待になる。
 もちろんマーケティングから作ったような作品も一杯有るし、それが見事に刺さってたりもするが。
 ことシナリオワークに関しては、個人のスキルに依存しすぎているようにも感じる。
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まず最初の大事な真実は、ほとんどの人はあなたが生きているかどうかすら気にしていないということです。
- (via yaruo)
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shutanakama:

夕轟、という言葉は初めてきいた。

恋心などのために夕暮れ方、胸が騒ぐこと、だそう。

日本語って、なんて奥ゆかしくて、綺麗なんだろう。

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eikadan:

There’s something in the water© ghost-of-a-gone-bird on deviantART

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There’s something in the water
© ghost-of-a-gone-bird on deviantART

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